終日の戯れ言。
終日せつりが書く、戯れ言が詰め込まれたページ。
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怖い。
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駄目だ。
死んでは駄目だ。 死ぬのは怖いし、大切な人が悲しむ。 死んだら何もかも失うし、一番大切な人から一番大切なものを奪う事になる。 死んでは駄目だ。 生きなければ。 どうにかして。 どうにかして生きなければ。 でも、どうやって? 生きていくには色んな事をしなくちゃいけない。 生きなければ。 生きなければ。 PR
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夏が来る。
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膨らんではち切れる。
溢れて千切れる。 何も考えずに詰め込んで 抱え切れずに蹲る。 投げ付けて押さえ付けて 甘えるように拒絶する。 川の流れが私の背を押す。 ぐいぐい、ぐいぐい、 待ってはくれない。 鬼の行方は数知れず、異国の言葉もすり抜けて行く。 動けない。 突き刺さる毛。 痛い頭。 閉じない瞼。 腫れ上がる腕。 重たいお腹。 役立たずの腰。 広がる腿。 ひび割れた脚。 細い影。 動かない。 逆流しない。 溶けたモノも 押し付けた心も 大きな川の流れも みんな私には分からない。 閨に湧き出る 甘い誘惑 捨てろ 全部捨てろ 削ぎ落として ぶちまけて 蓋を閉めて 見えない所に 放り込め 麗らかな日を 安らかな日々を 優しい日溜まりを 心地良い日和を 日がな一日 集めて浴びて 踊るように 陽の下へ 白く輝く 夏が来る |
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発散。
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ストレスを発散するのが苦手だ。
愚痴を言うのも嫌いだし、簡単には泣けないし、八つ当たりも自制する。 外に出られないストレスは、必然的に中へと向かう。 腕を切り、薬を大量に飲んだ。 痛いし変に覚醒した頭は嫌な事ばかり思い出すし、自傷行為自体が新しいストレッサーのようだ。 気力が湧いて来て、学校に行けるようになった。 上手くいっているように見えたけど、内心ではいつ転ぶとも分からない不安に押し潰されそうだった。 正常なふりをしたくて、腕を切るのを我慢した。 そしたら食欲がなくなった。 表面上は元気で、その実中身は焦りと不安ばかりで、体はどんどん生きる事を拒否していくようだ。 食欲がないのに無理矢理食べさせられて、お腹は痛いし吐き気はするし下痢ばかりだし、それでも我慢して我慢して、爆発して、過食になった。 食欲ない頃もお腹が痛くて吐きそうだったけど、食欲が異常に出るのも、胃の容量を超えて食べるから、痛くて苦しい。 いつも胃薬を飲んでた。 ストレス故の行動が、またもやストレッサーになってた。 そしてついに表面上の元気もなくなって、唯一上手くいってた事も駄目になって、新たなストレスがのし掛かる。 いつものように、自分の中に押し込んで忘れようとする。 食べるのも苦しいし、また腕を切ってみた。 痛い。 そして、また食欲がなくなった。 ストレスの悪循環だ。 ストレス発散の方法がストレスになってる。 自律神経も狂いっぱなしだし、もうどうしたら解放されるのか分からない。 学校に行かなければならない。 友達と笑って話さなければならない。 楽しそうに食べなければならない。 悲鳴を噛み殺してセックスしなければならない。 誰も解ってくれない。 何回説明しても無駄だ。 それでも我慢して寄り添わないと生きていけない。 なんで生きてるんだろう。 生きる事が目的なの? ちくしょう。 何も欲しがるなよ。 期待はいつも裏切られる。 |
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刹那。
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思い遣って
すれ違って 傷付け合う 疲れた 甘いモノばかり欲しがって いつも足りない自分に嫌気がさす お腹いっぱいを通り越して 気持ち悪くなるまで詰め込んで 吐き出したいって呻いてる どこへ行きたいのか 何になりたいのか いつからか、もう分からない |
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傷跡と絆。
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最近テレビを観ていません。
ニュース観なきゃとは思うのですが、未だに震災関係の話題が多くて、泣いてしまう。 私は戦後の日本に生まれ、阪神淡路大震災も、東日本大震災も経験していない。 全て幕一枚隔てた世界の情報でしかなく、平和な世界で生きてきた。 そして、生き残っている。 生き残った私達は、強く生きていかなければならない。 どこかで聞いた言葉だ。 映画『ノルウェイの森』のキャッチコピー、「強く生きること。深く愛する事。」 小説『ノルウェイの森』の中で、ナオコが自分に言い聞かせるように言った言葉、「死んだ人はずっと死んだままだけど、私たちはこれからも生きていかなきゃならないんだもの」。 結局ナオコは自殺してしまったわけだけど、私は強く生きたいし、生きていかなきゃいけない。 その為には受け止めなければならない事、変えていかなければならない事、守らなければならないものが、沢山ある。 今日、『プリンセス・トヨトミ』という映画を観た。 命と絆を繋いでいくという物語。 『ノルウェイの森』と『プリンセス・トヨトミ』は全く雰囲気の違う作品だけれども、二つの作品に触れて、生き残った私達は、命を繋いで、世界や人を愛して生きていかなければならない、という気持ちになった。 使命感のような。 絶望感のような。 もう一つ、作品を取り上げる。 『少女革命ウテナ』というアニメ作品がある。 色んな捉え方の出来る作品だけれども、友情と絆の物語だと思う。 その作品の主題歌に、こんな歌詞がある。 「夢を見て 涙して 傷付いても 現実はがむしゃらに来るし」 「潔く かっこよく 生きていこう」 ウテナとアンシーは離ればなれになってしまったけれど、確かに絆は生まれていて、その絆は強く続いていく。 そして、そんな絆の関係の中で、皆がそれぞれにもがきながら、強く生きていっている。 強く生きる事も、人を上手く愛する事も出来ないけれど、 私は愛と絆と命を繋いで、これからも生きていく。 だけど、生きていくって、どういう事? 生きる事を拒否しているかのような、私の体と心。 なのに、ねぇ、 愛だの絆だの強くだの、 なんて滑稽なのかしら。 生きていこう。 だけど、なんて無様な生き方。 本当にそう、思ってる? 思ってる。 両方受け止めて、生きていく。 サナギの中のどろどろとした命は、 いつしか一つの形になって、 羽を得て飛び立っていく。 |
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